2016年2月16日火曜日

「日常が楽しくなる!?次世代避難訓練」 スサノヲ現場訪問@防災ガールの現場

1月末、二子玉川で開催された
スサノヲメンバー防災ガールさんの現場に訪問。


防災ガール http://bosai-girl.com/ は
「身近な人を助ける意志のある女の子」を増やすために
地味で、ダサいこれまでの防災を
おしゃれで楽しいものにプロデュース。

若い世代の防災意識と知識を高めています。

今回はスサノヲ一期デモデイでも提案された
「次世代版避難訓練」の現場へ!




これは、従来の避難場所が決まっているような
型どおりの避難訓練とは根本的に違い
「イングレス」https://ja.wikipedia.org/wiki/Ingress
という位置情報を利用してリアルとオンラインが融合した
アプリとコラボして実施。

参加者自らがゲーム感覚で主体的に動いて
学ぶことができるようになってます。

イベント名は「次世代版避難訓練LUDUSOS(ルドゥオス)」
→http://new-hinankunren.strikingly.com/

3月13日に行われる本番のプロトタイプとして
関係者だけで行われました。

場所はニコタマ
ライズタワーにある東京都市大学さんのキャンパスです。



●●●
会場につくと、防災ガール(一部ボーイ)たちの
元気な出迎えをうけ、受付を済ませます。

参加者10名程度があつまり、しばらくすると、説明のスタート

イングレスさんとのコラボということもあり、場の趣旨を説明する
ムービーやBGMなどもかっこいい。

まるでRPGゲームを始める前のようにワクワクしてきます。

「これが防災訓練になるのか!?」

と思っていると、しっかり、
ニコタマ地区で大規模な地震災害がおきた場合の
被害想定などが、説明されました。さすが、、、

●●●
参加者は事前にイングレスアプリをダウンロードしておいて、
当日はイングレス内に設定された「防災ガールの特別ミッション」に挑みます。

ちなみに、私はスマホを持っていないので(汗)
スサノヲチームのみんなとともに行動することにしました。

制限時間内に、ミッションをクリアして、戻ってくることを告げられ、
各チームごと建物のそとに小走りにむかっていきます。

●●●
あるミッションを選択した私たちのチームは
ニコタマの河川敷へむかいました。

途中、に近づくと自動的にアプリから「防災知識に関するクイズ」が
提示され、それに答えながら、歩を進めます。

川を目の前にして、
その川が実際に氾濫したときにどうすべきか?といった
質問をうけることで、感覚と知識が結びついていくので、
楽しみながらまた実際に使える知恵になっていくところが面白い。

これなら子供や家族でも楽しみながら
実践で役立つ防災知識を学ぶことができます。



●●●
今回はショートバージョンなので30分ほどで一つのミッションを終了
会議室に再び終結します。

ここで今度は街を実際に歩いてみたうえで見えてきた
「防災観点」からの町の良い点、改善が必要な点を
チームごとにブレスト形式で挙げていきます。

互いが体験したことを言語化し共有する。
こうして複眼的に学びが広がっていくのも面白い。

これなら防災知識が
「学ばなければならないもの」から、「学びたいもの」に変わります。



本当によく考えられている場だと驚きました!

●●●
今回個人的には

防災知識はつまるところ
「自分の周囲の環境について知ること」だと知りました。

「自分が普段何気なく歩いている道」


「近くの公園」や「水場」はどこにあるか?
「周囲の建物」などの特徴(例えば頭上に看板がいっぱいあって危ないとか。)
といったことについてよく観察し、知っていくことです。

こういった知識や視点を持つことが
いざという時に役立つのはもちろんですが
意外なことに、これらの知識を蓄えることで
日常の景色も鮮やかに変わっていくのです。

わたしにとって馴染みのないニコタマ駅周辺も
わずか数十分、特別な意識をもって観察したことで
「よく知っている特別な場所」になりました。

これは実際に体験してみないとわからないと思いますので
興味を持った方はぜひ、今回のプロトタイプを経て
磨かれた3月13日の本番にぜひ参加してはいかがでしょうか。
→http://ludusos.peatix.com/view


田中さん、防災ガールの皆さん
貴重な体験をありがとうございました!

2016年2月10日水曜日

「2月14日はふんどしの日!」 スサノヲ現場訪問、日本ふんどし協会@小田急百貨店

2月9日、スサノヲ3期メンバーの
日本ふんどし協会、中川さんの現場に伺いました。

中川さんは、ご自身がかつて体調を崩したあと、
ふんどしに出会ったことで、体の調子がみるみる回復。
「こんないいものがあったのか!」との原体験があります。

だから、一人でも多くの人に
「ふんどし」を使ってほしいということで

日本ふんどし協会を立ち上げ、自社ブランドだけでなく、
日本各地のふんどしメーカーの皆さんとともに、
「ふんどし」市場を創ろうと取り組んでいらっしゃいます。


今回は、きたる二月十四日(ふんどしの日)に向けて
チョコよりふんどしを送る文化を根付かせるために展開してる
新宿小田急百貨店さんのイベントスペースに伺いました。
→http://www.japan-fundoshi.com/archives/96
  
ーーー
ところで、ふんどしというと
わたしは博多祇園山笠でおっちゃんたちが使っている
ごっついものをイメージします。



だけど、ここ小田急さんの売り場には
女性や子供さん専用のふんどしもあり、
色もデザインも洗練されていて、
正直、ふんどしの売り場とはとても思えません。


中川さんによると、この売り場は、四年前の
この時期はチョコレート売り場だったとのこと。

それを、小田急さんの熱意ある方々と、
中川さんの情熱で、いまでは、色鮮やかでデザインもカッコいい
ふんどしで埋め尽くされているのです。

ーーー
しばらく売り場に立って観察していると
面白いなと思ったことが二つあります。

一つはリピーターの方が多いこと。

「以前に使ってみてから体調がよくなったから、
今度は新しいものと、家族にプレゼントしようと思って」
という話をされている方が、私のいるわずか20分足らずの間に
お二人いました。

そして、もう一つの驚きは女性のお客さんが多いこと。




意外だったのですが、リピーターの方も含めて、
ふんどしを求めるお客さんの多くが女性だったのです。
女性が使い始めて、男性にプレゼントすることで、
初めて使用されることも多いようです。

だから、女性が男性にプレゼントする日
2・14ふんどしの日が重要なんだそうです!

この日、わたしも自分用に購入したので、その体験記はまた後日。

ーーー 
中川さんご自身の原体験から生まれる
「ふんどし」への熱い情熱が、新しい文化を生み出そうとしている。

これもスサノヲとしてはぜひ応援していきたい
新たな挑戦のあり方だと思っています。


今回の売り場は2月16日まで
同時に、ふんどしの日に合わせて、
江ノ電さんともコラボ企画が動いているので、そちらもぜひ。


中川さん、貴重な体験をさせて頂きありがとうございました!


2016年2月1日月曜日

薬物依存、社会の真っ暗な一隅を照らす困難。 SUSANOO現場訪問⑤、DOUGUBAKO

16年1月中旬、SUSANOO三期メンバー
DOUGUBAKOさんの現場に訪問しました
DOUGUBAKOのメンバーは看護師で、普段、新宿区のクリニックにて
薬物依存症の方々のデイケアサービスを行っています。
彼らはこの仕組をどうにかして、持続可能なものにしようと奮闘中。

●●●
私達がお邪魔したのは、その新宿にあるクリニックです。

このクリニックは精神科のお医者さんだそうです。

そして、このクリニックに併設するカタチで、
日本ダルクさんという薬物依存症から抜けだそうとする人々の
自助組織がオフィス兼、ワーキショップ会場を構えています。

さらに、同じくビルの地下にはDOUGUBAKOのメンバーが
携わっている薬物依存症患者さんむけのデイケア施設が
整っているのです。

まずは、地下にあるデイケア施設に伺わせて頂きました。

●●●
地下にある施設ですが、天井が高く
バスケットゴールなど運動用具もある広いスペース。
その奥に、幾つものソファやテーブルが並ぶ、部屋があります。
部屋の中には、見た感じ40代以上のおじさんばかり。
みなさんテレビを眺めたり、書き初めのようなことをされたり、
思い思いに過ごされていますが、お互いの会話が
積極的に行われている感じではありません。

DOUGUBAKOのメンバーによると、
日中どこにも行き場がない人達が、この場で時間を過ごすとのこと。
予想外に自由な雰囲気に、

「何か社会復帰プログラムとかそういうのはやるんですか?」

と聞くと、

「彼らの抱えている背景はあまりにも複雑で、
そもそも人に正直に話をすることすらできない。
だから、ここではまず、何かを強制させるようなことはせず、
自分がやりたいことを、やりたいときにやっていいんだよ。
と受け入れることから始めています。」

という答えを頂きました。

「薬物依存の方が、ちゃんと社会復帰する割合ってどんなもの?」

と聞くと、

「はっきりとはわからないけれど、
実際は2割もいないんじゃないでしょうか。
ここにいる人もある日突然来なくなったりするし。
結局、また薬に走ってしまったりすることになる。」

という答えを頂きました。
このデイケアの場は、薬物依存症患者さんの
セーフティーネットとしての役割を担っているのです。

「あの、写真を撮っても大丈夫ですかね?
この場の様子がわかればいいんです。患者さんの
顔は入らないようにしますが・・・」

「ありがとうございます。いろんな方が見学に来ますが、
そんな風に配慮される方は本当に稀なんですよ。」

との回答にも、またこの場、この問題に対する
社会の姿勢を垣間見ることになりました。

●●●
続いて、併設する日本ダルクさんのオフィスへ。
スタッフの方ももと薬物依存症とのこと。

まず、お話を伺って驚いたのは、
「普段が100だとして、温泉に入って嬉しいとか、楽しいとか、
美味しいもの食べたとか、そういうので、110、とか120とか
快楽を感じるんです。しかし、薬物では、これが、一気に
1000とかいう快楽になる。ケタが違うんです。だから、
怖いんです。」

ということ。さらに、
「その気になったら10分くらいで覚せい剤は手に入ると思いますよ」

「でも、結構高価なものなんじゃないですか?」

「いや、その気になれば、タダでも手に入ると思いますよ。」

「え!?そうなんですか?」

それ以上詳しくは、伺いませんでしたが、
それほど、私達の身近に薬物は出回っているらしいのです。
さらにスタッフの方のお話で印象に残ったのは、
薬物依存症患者のみなさんの繊細さ、です。

「本当に些細なことなんですけど、
ある飲食店で、注文したものが出てこなかった。
だけど、私はそれを店員さんにいうことが出来なかったんです。
勿論、代金にはその分も含まれていて、支払いました。
そしてお店を出た後に、自分自身を攻めるんです。
どうして、『ちゃんと言わなかったんだ!』ってね。
こんな些細なことでも、自分自身にとっては
大きなストレスになっていく、そしてまた
一番安易な解決策としての薬へとたどり着くんですよ。」

このような小さな悩みは、どんな人間でも
多かれ少なかれ抱えていたりしますよね。
違いは、それにどこまで敏感に向き合うか?

彼らの繊細さに対して、如何に自分自身は鈍感か。
考えてみれば、ある種の鈍感さは、システム重視の
現代社会を生き抜くうえでは、必須のような気もします。
その鈍感さを持ち合わせない繊細な人々が、
ときに薬物依存というカタチで、システムの外に出て行く
とも考えられるのではないでしょうか。

そんな薬物依存からの脱出を心から望む患者さんたちは、
ここで、互いの思いを吐露するセッションを行っています。
20代から50代くらいの男性15名ほどが、輪になって、
それぞれ御自身の心情をとつとつと語ります。
周囲の方々は、ただただ、それを聞いている。

こういった場を通じて、
「自分は一人ではない」ということを実感することが、
薬物依存から立ち直るための大きな支えになるそうです。

これも、同じだなと思いました。
薬物依存であってもなくても、
自分のことをわかってくれる誰かがいることは大事。
そして、その存在が自分自身を救ってくれる。

そうやって考えていくと、
薬物依存の患者さんと、彼らが復帰に向けて集まるこの場は
社会の最も敏感な部分のように見えてきました。

●●●
とはいえ、ここは本当に先の見えない現場です。
薬物依存の方は次々に増えていき、一方で、
どれだけ時間をかけても、依存から抜けきることができるかは、
本人次第。そして、誘惑は無数に広がっているのです。

さらにこの問題が難しいのは、「自己責任論」を免れない点と、
「社会復帰」というゴールが限りなく遠い点です。
患者さんの一部にはそもそも家庭環境などから、
十分な教育も受けずに来た方もいらっしゃるそうで、
ゆえに、薬物依存から抜けだしても、ベーシックな働く力がない。

この問題の奥深さは、私達の社会がかかえる
深い深い闇へと直結している、そう感じています。

●●●
この問題の解決策を考えるのは、
決して容易ではないと思いますが、
まず、現時点でこの闇に光を当て続けている、
DOUGUBAKOや日本ダルクの皆さまには頭が下がります。
みなさま、有難うございました。



2016年1月31日日曜日

「見えない方」と「みる」ことで、みえなかったものが観えてくる。  SUSANOO現場訪問④、コラブル

16年1月中旬、SUSANOO三期メンバー
Collable(http://collable.org/)の現場に訪問しました。
コラブルさんは、障害を持つ人たちとそうでない人たちを繋げて、
その「境目」のない社会を実現しようと活動をしています。
●●●
今回の現場は、
まれ美さんという団体http://www.tomokihirano.com/とコラボしての
「視覚障害者と一緒にアート鑑賞!」というイベント@東大です。

場の様子(投影された作品は念のため塗りつぶしました。)
スクリーンに映し出された絵画など3つの美術作品を、
10人の目の見える方たちが、一人の目の見えない方に対して、
鑑賞している作品について、言葉を使って説明していきます。
「なんだ、美術鑑賞か」と思う方もいると思いますが、
実際に体験してみると、かなり深くて面白い!
●●●
ファシリテーターの方から、ひと通り趣旨説明が済み、
最初にスクリーンに映し出されたのは、
頭部だけを彫ったローマやギリシャ彫刻のような石像。
目の見える10人の鑑賞者は
「首から上の像で」「ローマ時代とかにありそうな」
などの見た目の説明を行います。

ある方が「40代位の男性で、、」と説明したとき、
目の見えない方から
「なぜ男性だと思ったんですか?」
との意外な質問が挙げられました。
私からみても明らかに男性なのですが、
なにを見て「明らかに男性」なのか?
首が太い、眉毛が太い、りりしい、男らしい。。。。など
言葉にしようとすると、難しい。

普段、男らしいとか、女らしいとか、
私達が「如何に反射的に物事を判断しているか」に気づかされます。
これは、以前の&Hさんの馬との対話経験
http://susanoo-social-startup.blogspot.jp/2016/01/susanooh.html
にも通じる部分がありますね。
●●●
また、三作品目に抽象画を鑑賞したときは、
捉えるべき特徴が曖昧になるため、
鑑賞者から発せられる言葉が、作品の説明ではなく
感想になっていきました。

「筆が荒い」「ちょっと気味が悪い」「僕はすきです。」
など曖昧な意見が出るのですが、目の見えない方は、
どんな意見にも先入観なく素直に、向き合っていました。
発言者がだれであれ、発言内容がどうであれ、
彼にとっては、どれも外界の貴重な情報なのです。
このことも、目の見える人が普段忘れがちな
感覚への素直さだなぁと感じました。
今回は、約1時間半をかけて、
このような美術作品鑑賞を3作品行いました。
●●●
個人的に見えてきた、この場の大きな価値は、
障害をもった方とともに、世界を感じることで、
健常と呼ばれる人たちにとっても、
感覚が研ぎ澄まされるということです。

そして、なにより
障害を持つとされる方々と、そうでないとされる方々が、
このようなカタチで関わることで、
互いが互いのことを自分の感覚を拡張してくれる
「有り難い」存在になることができると感じました。

●●●
コラブル、山田さん
貴重な場に参加させて頂きありがとうございました!!

2016年1月17日日曜日

『マチを元気にする!ではなくて、僕らがマチから元気をもらってもいい。』 SUSANOO現場訪問②、マツリズムさん

2016年1月初旬、SUSANOO3期メンバー
Ma-tourism(マツリズム)さんの現場にお邪魔しました。

マツリズムさんは、
都会の若者と若者不足の地域を「祭」でつなげることで、
互いを元気にしていこうと「祭」×「ツーリズム」
をコンセプトに活動をしています。

●●●
今回の現場は、曳舟、京島三丁目。
地元消防団による消防訓練&餅つき大会です。

この機会は、マツリズムさんが以前から、
祭りに参加し信頼関係を築いてきている
「よんむつ(四丁目むつみの略)」の方々の紹介から、
生まれたそうです。

●●●
当日の天気は気持ちいい快晴。
下町の雰囲気の空に、ちらちら映るスカイツリーに胸が躍ります。

曳舟駅に集まったマツリズム参加者は20~30代前半の男女10名。
マツリズムのメンバーが、案内役となり、徒歩で駅から公民館前へ。

到着早々によんむつの半纏をきせてもらって、日本酒を頂きつつ自己紹介。
しばらくすると、消防訓練がはじまりました。



地域の消防団のおじちゃん、おばちゃんに
お母さん、子供たち、そして消防署の方、区議会議員さんなど、登場。
「ほら、もう、どんどんやっちゃってください」
と、お酒を勧めるような笑顔と口ぶりで、
バケツリレーをそれとなく勧める町会長さんなど、
ここで活躍するおじいちゃん、おばあちゃんが、
とにかく元気で、愉快な方ばかり。
続いてはじまる餅つきでも、
「腰が入ってねぇな!」と叱咤いただきつつ、
みなさんの手際の良さに驚くばかりでした。

●●●
僕らの世代が「地域おこし」とか聞くと、なんとなく
「いけてない地域を活性化する」みたいな
ニュアンスでとられることもある気がします。
だけど実際は逆かもしれません。
人との触れ合い、繋がりや、腹の底から笑う経験に飢えた
若い世代が、地域に飛び込むことで、そういったものに出逢える。

そうして、できた自分の居場所があることが、
それぞれの日常のチャレンジを後押ししてくれるのではないでしょうか。


だから、若い世代がマチを元気にするんじゃなくて、
まずは僕らが元気になれるマチと出逢う。そして、
その繋がりを段々強く太くしていくことで互いがさらに元気になっていく。

●●●
全国には81,320の神社と、77,467のお寺があるとされていて、
さらに1,741の自治体があります。

当然規模の違いもあると思いますが、
それぞれにお祭りがあるとすれば、数は十数万に登り、
その内容も地域性などによって多様だと思います。

本来はその数だけ、このよんむつのような
魅力あふれる人々の繋がりがあったはずです。
そして、それが日本の社会を足元で支えていたはずです。

マツリズムさんの活動が広がることで、
社会が靭やかさを取り戻す、そんな可能性を実感しました。

●●●
曳舟、地域の方々だけでなく、
そこで参加者の皆さんとも一気に仲良くなり、
また伺うのがとても楽しみです!

マツリズムの皆さま、貴重な機会をありがとうございました!

『私達が普段、 如何に社会的、身体的な力に依存して コミュニケーションをしているかが顕になった日』 SUSANOOメンバー現場訪問①&Hさんからの学び

2016年1月初旬
ソーシャルスタートアップアクセラレーションプログラムSUSANOO(スサノヲ)
第3期メンバー『&H』さんの現場訪問を行いました。

場所は京急線の終点ひと駅手前の三浦海岸。
http://beachriding.jp/

■事業概要

&Hさんチームは、JRAの調教師さんなど、
ずっと馬に関わる仕事をしてきた方々です。
彼らのチャレンジは「簡単に捨てられる馬の生命を救う」こと。

どういうことか?

実は日本では、競走馬として走れなくなった馬が、
即殺処分されるといった構造があるそうです。

馬の誕生から、育つ過程を家族のように共に過ごす人々は、
そのことにずっと心を痛めています。

しかし、馬一頭を養うことは、
経済的にも大きな負担を伴い簡単なことではありまえん。

そこで&Hさんは、問題の原因が
「馬が活躍できる選択肢が少なすぎること」だと考え、
老いた馬、体格の小さな馬など、どんな馬でも活躍できる
新たな馬の働き方を日本に広めよう試みているのです。

それがアメリカなどで始まっているEAL、ELPといった手法。
これは馬との触合いを通じ、人間の心に向き合う
ワークショップのようなものです。

普及すれば競走馬として活躍できなくなった馬や、
年老いた馬でも幅広く活躍することができる、ということで、
今回は、実際にそのセッションを体験してきました。
結論からいえば、想像を遥かに超えて質の高い内省ができ、
学びと気づきの連続となりました。

-------------
■ポイント1
『コントロールできない大きな生命』

最初に体験させて頂いたセッションでは、
一人で、馬に近づき、彼らの気持ちを考えながら仲良くなる。
という、お題が出されました。

しかし、これが簡単ではありません。
ご存知の通り、馬は大きな生き物です。
私のように慣れていない人間は、馬に近づくのすら怖い。

「近づいたら蹴られるんじゃないか?」
といった、恐怖心をもちつつ、馬に近づいていく。

実際は馬は何を考えているかはわかりません。
馬に恐怖を感じるのも、馬が拒否しているように感じるのも、
すべて自分自身が「勝手に」考えていることなのです。

このセッションを何度か体験していると。
普段自分自身が他者と向き合うときに無意識に考えている
「思考の癖」のようなものがはっきりと見えてきます。

ちなみに私は、人と距離を近づけようとするときには、
相手の好きなもの興味のあるものを
認め、同調する、といった傾向がある。

それと同時に、
「相手に興味がなければ、自分も無理して近づかない。」
といった、やや投げやりな他者との接し方をしている
ことに気づかされました。

-------------
■ポイント2
『普段の関係性が崩壊する。』

続いては、人間側が6人でチームを組んで、
協力しながら、馬に目的の場所まで動いてもらうワークを体験。

このセッションでは、言葉を使ってはいけないとか、
互いにこのリボンを話してはいけない、
といった制限が加わります。

その制限の中で馬やチームとコミュニケーションをする。
すると「私達が普段以下に社会的立場や関係性に依存して、
他者とコミュニケーションをしているか」が、良くわかります。

特に私はプロジェクトリーダーを務める立場なので、
そのことを痛感させられました。

通常、組織のなかに入れば役職や肩書が、
自然とリーダーを決め、意思決定のフローを決めます。
私たちはそれを活用して、他者とコミュニケーションをとります。

しかし、馬を思い通りに動かす
というミッションを前に、普段の関係性は崩壊し、
素の自分で他者とコミュニケーションすることになります。

すると、自分が以下に他者の気持ちを理解できていないか、
また、他者を動かす方法を知らないかが、良くわかりました。



-------------
■ポイント3
『全部自分に返ってくる。』

私はこのセッションを
自信過剰な組織のリーダーに特にオススメします。笑

人間対人間のカウンセリングとなると、受けてる側として、
特に自分に受け入れがたいことを指摘されると
どうしても「この人の言っていることは間違っている」といった、
反応をすることもできますよね。

しかし、この場で起こることは全て馬の行動として起こるのみ。
その行動にどんな意味を感じるかは、全て自分次第なのです。

実際に起こったこととして、
この日、僕たちは馬に決められたポールの内側を
歩いてもらおうと、力づくやら餌をちらつかせたり、
何度も試しましたが、全くうまくいきませんでした。

そのセッションが終わり、互いに感想をシェアしていると、
突然それまで動かなかった馬が一人で
ポールの内側を通り過ぎたのです。

「え!」

とみんなで驚いたのですが、この馬の行動に

「いじわるされた!」
「やっぱり無理やりだと、いやだったんだね!」
「ようやくわかってくれたんだね!」

など、どういった意味付けするのも自分自身。
だから、どんなに社会的立場がある人でも、
真摯に自分自身に向き合うことができると思うのです。


-------------
このように
これまでの社会構造では価値がないとされていた
「馬」の存在が、実は組織のリーダーにとって
とても重要な学びの機会になり、
馬たちの生命も救われる、という好循環を
生み出していくかもしれないのです。


このように捉え方と手法を変えるだけで
「馬だからこそ」の価値を生み出す唯一の存在になっていく。
これこど、ソーシャルスタートアップならではのアプローチだと思います。


&Hチームの皆さま
丁寧にご対応を頂きありがとうございました!

2015年12月23日水曜日

システムか?森か?それが問題だ。SUSANOOについて2015年末の雑感

少し唐突ですが、
人間がシステムの一機能として扱われることは、しばしば起こります。

主語を社会や国家といった概念にして、話し始めた途端、
私たちはそのシステムのなかで自らが期待される役割に応えるべき存在になっていく。
そんな風に感じています。

私たちはそのとらえどころのない対象に対して、
影響力をもつために、自らをシステムに内在化させなければなりません。

そうして、最初は自らの意志で、システムに影響していたつもりが、
いつのまにか、システムの要請に自らが、応えるべき存在として、
パーツのひとつとして関係することになってしまいます。

また、
システムそのものは意志をもたない。
かといって、合理的な判断を下すとも限らない。

だから、自分がどのシステム(組織や集団)に関係するか?
についての選択はそれなりに重要だったりするのです。

●
さて、ここからが本題ですが、
面白いことに、起業家という存在は自らがシステムを構築し、
やがてシステムのいち機能として役割を果たします。

そしてその道を進んでいくと、誰からも感謝されなくなったりする。
偽りなく「顧客のため、社会のため」に努力をしているのに、
顧客からも、組織の成員からも、「感謝」されない。

それでも彼らはその道を突き進む。

ビジネスでの話なら、まだ成功すれば、カネという分かりやすい報酬が手に入る。
しかし、社会起業という領域、課題解決を優先する起業家たちは
必ずしもそういった分かりやすい対価が得られるとは限りません。


そして、人間は必ずしも強い生き物ではないので、
気を抜くと、大衆に迎合したくなったり、社会的認知度が気になったりする。

これは起業家に限った話ではない。
システムのなかで責任ある立場を担う方々は、
多かれ少なかれ、みなそういうジレンマを抱えることになっていると思う。

「社会的な価値」を重視し、システム化すればするほど、
自らも「一機能」になっていき、「感謝」も「尊敬」も受け難い。

働き方(社会への関わり方)が多様化しているいま
収入面での報酬もないとあすれば、ますます現場や、
組織の成員、ステークホルダーに迎合したくもなると思う。

仮にそうなった場合、それは「志」と「役割」の間で、
決定的な自己矛盾に陥ることになる。

「やりたいこと」にもつながらないのに、
「やらなければいけないこと」だけが増えていってしまう感じだ。


●
ソーシャルスタートアップが、
インパクトを生み出すシステムを創るうえで、この壁を突破するためには、
1つはシステム内での責任ある立場を担う人々に対する、
リワード設定を格段に高くするということがあります。

しかし、ここには「価値の可視化」の難しさという壁が立ちはだかります。

面白いことに「価値の可視化」が難しい挑戦ほどステークホルダーから
「価値の可視化」を求められます。可視化しようとすればするほど、
ソーシャルスタートアップの組織の成員は、よりシステムのいち機能として、
自らを位置づける必要が出てきます。

そうすると、上述した自己矛盾に陥りやすくなるのです。


そこで、現状、もう1つ考えられるのが「システムを作らない」というアプローチです。
これはアメーバ型の組織論、あるいは運動や思想の展開にも近いのですが、
ひとまず、「目的をもった有機的な共同体を創る」と言い換えておきます。

それは、「生態系創り」といわれるアプローチでもあります。
ざっくりと、システムが工場建築ならば、生態系は森創りです。


この生態系づくり、つまり森を育むには、とても勇気が必要です。
有機的な繋がり、生態系は「目的」をもつにも関わらず、
その「成果」を安定供給することを約束はしません。

それは「予測」を放棄することでもあすり、「スピード」を放棄することでもあります。

同時にその森創りを行うひとにとって、現行の社会システム(特に資本主義)における
未来の「報酬」を約束することもないということです。


一方で、この森創りだからこそ、人は一機能になることはないともいえます。
森人はいつまでも「自らの意志」と「影響力」を持ち続けることができます。

ただし、森が大きく広がっていくと、個々が全体に与える影響は
相対的に小さくなっていきます。それは、その森を作った人であってもです。

このアプローチだからこそ、
システムの一機能として埋没することなく、目的に向かって歩くことができる。
つまり、「やりたいこと」と「やるべきこと」を直結させて歩むことができるのでは
ないかと考えています。

ただ、この道は大変勇気と覚悟のいる道でもあると思います。
これは森が大きく広がるまでは、自らは何も得るものはないし、
ただただ不安定なだけだからです。

それに、仮に自らが生み出した「ゆらぎ」であったとしても、
それが広まっていくには、全ての他者の選択と行動が反映されるため
「誰が」生み出したか?は全体にとって問題ではないし、名前もつきません。

これは、森の動植物にとって、「所有」という概念は存在しないことを
考えてみればわかると思います。

もう少し、別な角度から言い換えると、
森の動植物にとって「全体最適」は生きる目的ではありません。
そこでは、いま、目の前の人とどう関係するか?、だけが重要で、
いかなる役割を担う人であれ、それに集中していいのです。

つまり、生態系創りというアプローチは自らも含めた「その人らしさ」を全肯定しつつ、
結果として、「全体最適」に繋がる仕組み創りでもあるのです。

また、その森にとっては、「多様であること」自体が全体としての
「靭やかさ」つまり、生存確率を高めることにも繋がるのです。

この森において、私たちは誰もが特別な存在でなくなるのですが、
しかし、同時に誰もがなくてはならない存在にもなると考えています。

そういった森のような仕組みが創りだせれば、
ソーシャルスタートアップ起業家、またはその成員にとって
「やりたいこと」と「やるべきこと」が直結した状態を生み出せると考えています。


(一旦、抽象論ですみません。)

世界を旅して体験してきたことをふまえると、
こういった画一的なシステム偏重から→有機的なつながりへの変化に
価値を見出す、パラダイムシフトは既におこっています。

しかし、あくまでも辺境で盛んになっているもので、
まだまだ、こと日本においてはメインストリームとはいえません。

なので、こういった生態系創りのアプローチについては、
人によっては、全く理解されないこともあります。
それはある場所からみれば、無価値であり、敗北にすら見えることもあるようです。


●
そして、SUSANOOを進めてきた二年間を経て、
まさにいまこの岐路にたっているな~と思っています。

社会システムとして位置付ける道を選ぶのか、
はたまた予測不可能だけど、感謝と尊敬にあふれた有機的でカオスな森を耕すのか。

もちろん、どちらの道も険しい。

とくに森をつくる、生態系をつくるというのは
神の領域であり、人間がそれに挑むならば、論理と感性を兼ね備えた、
芸術的なアプローチしかないですし、それは能力以上に、圧倒的な人間力を要求します。

さらに、私達自身が社会システムのど真ん中にいて、
そのシステムに依存しているからこそ、たった二年間で
ここまでこれたともいえます。

なので、私個人としては、SUSANOOプロジェクトと通じて、
社会システムの恩恵を存分にうけながら、なお、そのど真ん中に
異質で、有機的でカオスな「何か」を創造することに挑戦をしてみたいと思っています。


これは、中途半端に終われば、何も残らない道です。
やるからには、その森が豊か広がって自律的に成長拡大する状態まで、
多様で「靭やかさ」をもったものにしたい。そんな風に思うのです。


●
幸いなことに、私の周りには、いまSUSANOOをはじめ、
ETIC.を通じて出逢う人々の中に、そういう困難な道を歩もうとしている、
挑戦者が数多くいます。

なので、まずは、そういう荒ぶった挑戦者の皆さんに対して、
自らが人一倍「感謝」と「尊敬」を示していきたいと考えています。